2014/05/31

Miserere mei Deus

音楽にはたくさんのジャンルがありますが、どのジャンルを引っくるめてもダントツで好きな曲が、僕にはあります。

それはグレゴリオ・アレグリが作曲した、「Miserere mei Deus (みぜれーれ めい でうす)」です。正確には、聖書の詩篇51篇に、グレゴリオさんが曲をつけたみたいです。

これまで聞いた回数は1000回を越えるはず。静かで、心の底に染みいるような曲調が好きです。
考え事をする時や、悲しい気持ちになった時に聞いています。


 指揮者のために。ダビデの賛歌。ダビデがバテ・シェバのもとに通ったのちに、預言者ナタンが彼のもとに来たとき
 神よ。御恵みによって、私に情けをかけ、あなたの豊かなあわれみによって、私のそむきの罪をぬぐい去ってください。どうか私の咎を、私から全く洗い去り、私の罪から、私をきよめてください。まことに、私は自分のそむきの罪を知っています。私の罪は、いつも私の目の前にあります。私はあなたに、ただあなたに、罪を犯し、あなたの御目に悪であることを行ないました。それゆえ、あなたが宣告されるとき、あなたは正しく、さばかれるとき、あなたはきよくあられます。ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。ああ、あなたは心のうちの真実を喜ばれます。それゆえ、私の心の奥に知恵を教えてください。ヒソプをもって私の罪を除いてきよめてください。そうすれば、私はきよくなりましょう。私を洗ってください。そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう。私に、楽しみと喜びを、聞かせてください。そうすれば、あなたがお砕きになった骨が、喜ぶことでしょう。御顔を私の罪から隠し、私の咎をことごとく、ぬぐい去ってください。神よ。私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。私をあなたの御前から、投げ捨てず、あなたの聖霊を、私から取り去らないでください。あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。私は、そむく者たちに、あなたの道を教えましょう。そうすれば、罪人は、あなたのもとに帰りましょう。神よ。私の救いの神よ。血の罪から私を救い出してください。そうすれば、私の舌は、あなたの義を、高らかに歌うでしょう。主よ。私のくちびるを開いてください。そうすれば、私の口は、あなたの誉れを告げるでしょう。たとい私がささげても、まことに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを、望まれません。
 神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。どうか、ご恩寵により、シオンにいつくしみを施し、エルサレムの城壁を築いてください。そのとき、あなたは、全焼のいけにえと全焼のささげ物との、義のいけにえを喜ばれるでしょう。そのとき、雄の子牛があなたの祭壇にささげられましょう。―― 詩篇51篇



本来は10分を越える曲ですが、こちらのバージョンではやや省略していますね。

「Miserere mei Deus」



2014/05/24

正直者が馬鹿を見る?(詩篇15篇)

ダビデの賛歌
主よ。だれが、あなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれが、あなたの聖なる山に住むのでしょうか。正しく歩み、義を行ない、心の中の真実を語る人。その人は、舌をもってそしらず、友人に悪を行なわず、隣人への非難を口にしない。神に捨てられた人を、その目はさげすみ、主を恐れる者を尊ぶ。損になっても、立てた誓いは変えない。金を貸しても利息を取らず、罪を犯さない人にそむいて、わいろを取らない。このように行なう人は、決してゆるがされない。―― 詩篇15篇


 幼少のころから、僕はウソをつかないようにしてきました。それは別に、僕の倫理観が優れていたからではなくて、ウソをつくと結局、自分が不利な立場に立たされることを体験から学んでいたためです。つまらないウソをついて痛い目を見たことは、僕にとって良い経験でした。

 “ウソをつかない”ことの良いところは、どんな状況でも堂々としていられるということです。自分の中に後ろめたさがないというのは、真っ青な空のように、気持ちの良いものです。

 今日の聖書個所から、神さまの喜ばれる人とはどんな人なのかを学ぶことができます。“心の中の真実を語る”ことは、人間にとってとても大切な事だと思います。それは相手のためになり、自分のためになることです。ウソをつかない人は信頼されます。人に信頼されるというのは、それだけでとても素晴らしい長所です。

 現代は確かに、正直者が馬鹿を見る部分はあるかもしれません。でもそれはあくまで、この世の中での理(ことわり)です。神さまはすべてをご存知です。
 僕は馬鹿でもいいから正直でいたい。神さまの聖なる山に登るに足る者でありたいのです。

「斯ることどもを行ふものは永遠(とこしえ)にうごかさるゝことなかるべし」
―― 詩篇15篇5節(文語訳)



「もうふりむかない」 (曲は1分15秒から)


2014/05/23

賛美が好きです

しばらくぶりの更新となってしまいました。
今日は賛美について。

最近の私のマイブームは、賛美を聞くことです。
いや、以前から聞いてはいたのですが、いろいろな賛美を聞きまくるというのは最近のことです。

テンションが高い時や、逆にしょぼーんとした時など、その時に応じた賛美を聞きます。
「賛美」とは、神さまをほめたたえるための歌です。
賛美を聞くと元気が出るんです。

気持ちが前向きな時は、元気な賛美を聞き、
気持ちが沈んでいる時は、静かな賛美を聞きます。


賛美と聞いて皆さんは、聖歌隊が厳かに歌い上げる賛美歌などを思い浮かべるかもしれません。
もちろんそれもれっきとした賛美であり、私もそれが大好きです。

一方で、現代の音楽により近い、テンポが早くエレキギターやドラムを使った賛美もあります。
与えられた賜物に応じて、ある人はギターを使い、ある人はピアノを使い、ある人はハーモニーを歌い、ある人はラップで神さまを賛美するのです。

私はといいますと、小さい頃から音楽はどうも苦手で(笑)
小学生の時、授業中に指名されたものの楽譜が読めず、泣き出したのを覚えています。
またリコーダーをうまく吹くことができず、居残りもさせられました。

そんな私ですが、最近はカホンやギターを練習しております。


さて、やや話はズレましたが、今日は私の好きな賛美を皆さんにご紹介したいと思います。
とはいえ、好きな賛美全部載せていたらページがやたら重くなるので、とりあえず2曲だけ載せときます。
これからブログを更新する際に、少しずつ紹介していきますね。


「全地よほめよ」


「かみさまがわかるでしょう」