2014/08/09

同情する神

最近いろいろありました。
どちらかと言うと、つらいことです。
実のところ今もつらいです。

だけどその中で、私はあまり気づいていなかった神さまの一面を見ることができました。

ある問題があって、でもその原因は自分にありました。
頭では、変わらなくちゃいけない、改めなきゃいけないと分かっているのに、
心はどうしても納得してくれません。
理性と感情が真逆の方向を向いているのです。

神さまにしてみれば、私のことを裁いて罰しても良かったはずです。
私が悪いのだから、一方的に責めても私は何の文句も言えません。
神さまからのキツイ一撃をくらってもおかしくない状況でした。

それなのに、どういうわけか神さまはそうはせず、非常にやんわり優しく諭してくれました。
そして同情を示してくれました。
(先日「正直人生」をテーマに、教会キャンプに行ってきました。神さまに自分の気持ちのすべてを、ありのまま打ち明けることを学びました。私も自分の気持ちをぶつけたら、神さまからの応答が早くて嬉しかったです)。

もちろん罪がそのままでいいはずがありません。
罪は罪なのです(キリスト教では刑法上の罪だけではなく、心の中で犯す罪も“罪”としてカウントされます)。
でも神さまはそんな私を一方的に裁くことはせず、「そういうことはしないでくれないか、友よ」と言ってくれたのです。

どうもこれまで、私は神さまをずっと遠くに見ていたようが気がします。
全知全能、遍在の神。
創造主、裁き主。
今いまし、昔います聖なる方。
そうした力と栄光を表すいくつもの肩書きを持った、絶対的存在としてのイメージを強く持っていました。

だけどそれだけではないんだと、身をもって体験できました。


このつらさはまだ続くかもしれないけれど。
神さまが「友よ」と言ってくれるから。
もう少し歩いてみようと思います。


「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。」―― ヘブル4章15節

「わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行なうなら、あなたがたはわたしの友です。」―― ヨハネ15章14節


「I Will Run To You」




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